マイナスイオン不買運動

マイナスイオン」という言葉を初めて見たのは 確か、 銭湯の入り口に張られていたポスターでした。 当時住んでいた京都には銭湯がたくさんあって、 その入り口に銭湯を広める(?)ポスターが 張っていたんですね。 ある時期、そのようなポスターに 「銭湯にはマイナスイオンが豊富にあります」 みたいな宣伝文句が 大きな字で書かれていたんです。 マイナスイオンって何イオン?」 ってツッコミ入れてしまった。 というより、 銭湯って何か変なものを混ぜているのかなぁって、 気持ち悪く思った事を思い出します。

それから何年か経って、 メディアには「マイナスイオンを出す商品」 が溢れるようになりました。 「滝や噴水の近くや、森の中では、  マイナスイオンが多く  それが人に良い影響を(癒しとか?)与えるのだ」 と言うことで、 多くの「マイナスイオンを出す商品」が売りに出され、 「マイナスイオンという概念」が 何の疑問も持たれずにあっという間に 社会に広まってしまいました。

だけど、 真っ当な科学教育を受けていた人間なら、 「マイナスイオン」というものに、 何らかの疑問は持つものだと思います。 だって、 科学的に考えれば、何から何までおかしいもん。

マイナスイオン」という用語自体、 まずおかしいんですよね。 「マイナスの電荷を持ったイオン」 なら普通は「陰イオン」 英語では「アニオン」って言いますし。 まあ、それでも私は、 その辺りの科学用語の使い方については うるさくは言いません。 厳密な言葉の使い方を求めるために、 普通の人を科学から遠ざけるのは 愚の骨頂だと思いますし。 普通に考えれば「マイナスイオン」は 「マイナスの電荷を持ったイオン」で 誤解の余地がないと思いますので、 それについては良いでしょう。

だけどまず、この「マイナスイオン」が 「何イオン」なのか、は、 聞いてみたく思います。 普通、負電荷を持つイオンには 塩素イオン、炭酸イオン、水酸化イオン、 硫酸イオン、硝酸イオン、などがあり、 それぞれ性質が異なります。 そのうちの、どのイオンの事を指しているのか? 「マイナスの電荷を持っているイオン」を、 電荷という点だけで 全てを一緒くたにして論じてしまうのは、 乱暴でしょう。 それなら、いかにも有害そうな負イオン、 例えば青酸イオンなんかも 「マイナスイオンだから体に良い」でしょうかね。 そ〜んな事は、さすがにないと思うのですけど。

それから、 この「マイナスイオン」って、 水中にあるものなんでしょうか、 空中にあるものなんでしょうか。 水中にイオンがあるのは当たり前ですし、 仮に空中なら、空中にイオンなんて、 安定に存在できるものなんでしょうか? そういう事って、 少なくとも私の科学的常識の中にはない事なんですが。 それっておかしいんですかね?

だいたい、 「マイナスイオンを発するグッズ」って、 何なんでしょう? イオンとは、分子や原子が電荷(電子が多い)を やりとりする事で生じるものな訳で、 「マイナスのイオン」が発生すれば、 同じ量だけ「プラスのイオン」が発生するハズです。 つまり「マイナスイオンだけを発し続けるモノ」 なんて原理的におかしいと思うんですが、 その辺、どうやっているんでしょうね。

その他にも、疑問点はいっぱい出せます。 「負電荷を持ったイオンがヒトに良い影響を与える」 というのは、 そのメカニズムすら見当も付きません。 まあ、ヒトの体なんて まだまだ分からないことだらけですから、 「未知なるメカニズム」はあり得るんでしょうけど、 だけど、この「効果」って、 どれだけ科学的な検証がなされているものなんでしょう? 科学的検証と言っても、 「マイナスイオンが  いったい何イオンを指しているのか」 その実体が確定しないと意味を持たないし、 「効果の測り方」だって、 明確な指標があるものなのか、と考えると 非常に難しいだろうな、と思うのです。

(だから、  今、学校の理科でイオンを教えている人は大変だろうな、  と思います。  変な誤解が広まっちゃってる訳で、  それを払拭するのに労力を使わないといけない。  って、実は最近、義務教育から  イオンの項目って無くなったそうですね。  マイナスイオンの広まりには、  そんな所に原因があるのかも・・・)

だけど・・・ そういう「マイナスイオンについて検証をしていく」 トンデモ本みたいな事が、したい訳ではありません。 一連のトンデモ本とか、 あとUFOを信じる人との論争みたいなのって、 見ていると、 とても大変そうで疲れるみたいだから。 (実際、マイナスイオンについて  検証しているサイトなんかを見ても、  大変そうだもんね。これはスマートだけど。) もっとも、 科学の皮を被った似非科学には特に問題があると、 科学を専門としている人間としては思いますけど、 そういうのとの論争に消耗するのは本意ではありません。 ですので、 ここでは疑問を呈するだけにしておこうと思います。

つまり、 この文章で言いたい事は、そういう事ではないのです。 もっと建設的な話をしたいんです。

今はやりのスーパー銭湯みたいな場所で 設置しているドライヤーって、 普通のはタダで使えるのだけど、 「マイナスイオンが出るドライヤー」は 100円くらい払わないといけないそうです。

この例に限らず、 「マイナスイオン」という冠が付いていることで、 余分にお金を払わないとイケナイ例は多そうですね。 と言っても、 それだけのお金を払うだけの意味は本当にあるのか、 疑問なんですね。 はっきり言って、 作っている側もちゃんと分かってないでしょう。 だけど、消費者の方が「マイナスイオン」と 付いているモノでないと売れないって状況を 作ってしまっているから、 効果の分からないものでも 作らざるをえなくなってしまっている。 そういう中で、最近の「一種の集団催眠状況」が 作られているのではないか、 と思うのです。 (まあ、メディアの責任が大きいとも思いますけど。)

と言う事で、私は提案したい。
マイナスイオン不買運動」をしましょう
・・・と。

つまり、 マイナスイオン」と付いているモノは、 一切買わない、と言うことです。 別に「マイナスイオン」と付いていない、 似たようなものは、いくらでもあるでしょう。 そしてそれは、 ドライヤーの例を挙げるまでもなく、 「マイナスイオン」と付いているものより ずっと安い値段で 同じくらいの性能のモノが買える事でしょう。 科学的に意味があるかどうか分からない、 実体のわからないものに お金を使うより、 もっと意味のあるものにお金を使いましょう。 その方が、良いでしょ?

そしてこれは、 日本経済という面でも、重要な意味があります。 日本の優れた技術開発力を、 こんなしょーもない事に使っちゃいけません。 日本だけでしょう、 こんないかがわしい概念がはびこっているのは。 つまり 「マイナスイオン家電」なんて、 海外では何の意味もないハズです。 そんなものに貴重な研究資源 (人的・財的・施設など)を使っていたら 国際競争力がどんどん落ちてしまう。 そのために、消費者がもっと賢くなって 「こんな意味のない事に  研究資源を使っていちゃいけない」 と 企業に思わせないといけないのです。 そして、もっと意味のある、 ホントに暮らしを豊かになるものを 開発してくれるように 企業に頑張ってもらわないといけないのです。

だから、 ただ単に「個人的に買わない」だけでなく、 「マイナスイオン不買運動」を、 多くの人に宣言して欲しいんです。 そして、 「メディアと結託すれば消費者なんて簡単に騙される」 なんて、 思わせないようにしないといけない、と思うんです。

この件については、 個人的にはかなり危機感を持っているので、 結構キツイ事を書いちゃいましたが。 でも、普通の人には疑問を持ってほしいし、 技術者やメディアの人には責任を感じて頂きたいな、 と思いますので。

最後に一つ。 これは個人的な想像なんですが、 「マイナスイオン効果」と思われていることのかなりの部分は、 水蒸気・蒸散熱で説明がつくだろうと思っています。 例えば 「滝の近く、噴水の近く、森の中とかが気分が良い」 って話 (そしてこの話こそが「マイナスイオンブームの根拠」  とされているように思う)は、 水蒸気をいっぱい発散している場所だから って部分が大きいと思う。 滝や噴水もそうだし、 植物も、蒸散と言って蒸気を発しているんですよ。 夏なら、それで温度が下がって 涼しく感じる事はあるでしょうし、 乾燥する冬では湿度が上がるのはありがたいですからね。 そういう意味では、最高の「マイナスイオングッズ」 って 実は「霧吹き」って気がします。 だから、 変なマイナスイオングッズにお金を使うより、 霧吹きを買いましょう(笑) どーしてもマイナスイオングッズを買いたい人は、 これでどうですか?

(これもホームページから持ってきた文章。  去年の1月に公開)