論理の基本:「AならばBである」について

もしかして、モヒカン族って、ネタ? なんか、そんなふうに思えてきました。 だとしたら、 私のこの記事、恥ずかしいっ! ネタマジレスしちゃったんですね。 しかし、 もっと早く気がつけって感じですね、 「やたらと三点リーダにこだわる」とか ヒントはあったのに。 (私も昔「赤ワインと聞くと怒り出すキャラ」とか  やってたのにね・・・) めたかです。

なんで、 少し取り返す意味で(笑) 今回は、真面目な記事を書きましょう。 あ、そうそう、 「・・・」と「…」については、 説明頂きました!  いえ、別に中黒にこだわってる訳じゃ、ないんです。 どっちだって良いと思っています。 (たまに「…」も使ったりするし) ただ、 1つは、隙間が多いのが好みかなって。 それだけ「間」が取れるって感じるんですよ。 って、 すでにコメント欄に指摘してる方、おられますけど。 (あと、「…」って、  表示が変な事がある気がする。  文字の真ん中くらいの高さじゃなく、  下ぎりぎりの高さに点が表示されちゃう事、  ないですか?  ちゃんと確認してないんですけど・・・) あと、 文章の中にアスキーアートは入れませんけど、 絵文字は入れますよね。「orz」とか。

という事で、 説明頂いたのは嬉しかったんですけど、 多分、これからもこだわらずに 「…」も「・・・」も、 その時の気分で使い分けるかなって思います。 (いえ、「…」でないとホントに困る人が居る  というなら、ちゃんと統一して用いますけど。)

前置きが長くなってしまいました。 論理です。論理です。 ロンリーではありません。 いえ、ロンリーかもしれません。 って、くだらない事を書いているのは 「論理」って見るだけで 逃げ出す人が居るかもしれないから。 そんな、逃げなくても良いですよぉ。 大した事、書いていませんから。

前回の記事で 「論理を集合で扱う」って事を説明しました。 今回は、その具体例として 「AならばBである」というのを とりあげてみましょう。

…これは 論理学の記号では「A → B」と表記します。 論理の基本中の基本で、 これが理解できれば、 もっと長い論理も、基本的にはそれを繋げるだけ って事になります。#1

この場合、 Aが当てはまるものの集合を【A】 Bが当てはまるものの集合を【B】 としましょう。

この時、 集合【A】は、集合【B】に含まれる、んです。

これは、図で示すと次のようになります。

benzu2.jpg

分かり易いですよね? で、 これについて、前に示した 「ベン図とカルノー図」を用いて説明すると…

ベン図 benzu.jpg

カルノーcarnotzu.jpg

この図において、 「黄色の部分」が全くない、というのが 「集合【A】は、集合【B】に含まれる」 という事になりますね。

具体的な例で考えてみましょう。

・(それが)イヌならば(それは)動物である

この場合、 「集合【A】」は「イヌの集合」 「集合【B】」は「動物の集合」となりますね。 イヌは全て、動物ですから、 イヌの集合は動物の集合に含まれる、 つまり 「この文章は正しい」と言えます。

これは、 上の「ベン図、カルノー図」では、 黄色の部分 「イヌであって動物ではない」 というのは、ありえないので、 「正しい」と言う事になります。

非常に簡単な例を、 まどろっこしく説明しているように感じるでしょうが、 「論理の基本はそういうもの」ですので、 ご了承下さい。 (その「ありがたみ」は、そのうちに分かりますから)

では、次の例。

・イヌ好きな人は、動物好きである。

これは 「集合【A】」は「イヌ好きの人の集合」 「集合【B】」は「動物好きの人の集合」 となりますね。 「イヌ好きの人の集合」は 「動物好きの人の集合」に含まれるのか? うん、どうなんでしょう? イヌが好きなら、普通なら動物も好きな気もしますが そうとも限らないかもって事も、思いますね。

って事で、 先ほどやった「ベン図とカルノー図」を用いて考察すると 黄色い部分 「イヌ好きであって動物好きではない」 という人が居るかどうか、 という問題になる訳です。 どうですか? 考える事が、絞れたと思いませんか? (で、この問題については  「動物好き」の定義によるのかなって思う。  どんな動物1つでも「好き」なら「動物好き」  という定義ならば  「イヌ好きであって動物好きではない」  という人は居ませんね。  でも、「動物一般が好き」って定義ならば  「イヌだけが好き」って人は  「イヌ好きであって動物好きではない」  って事になるでしょう。)

ま、他にも色々な具体例を考える事ができますね。 これを参考に、 色々な例で、あてはめて考えてみて下さい。 とりあえず、これが 「集合を用いて論理を考える」 という事の、ごくごく基本的な例です。


#1 実は、こういう「推論」を繋げる事ができる という「3段論法」が自明でない事を 巧みに説明したのが 「ゲーデル・エッシャー・バッハ」の2つ目の対話なんです。 興味のある方は、読んでみて下さい。